主語の大きさは抽象度
こんにちは。N本ノック4本目です。
さて、B君に対して、あるクラスメイトはいいました。「B君って主語がデカいよね」 と、ここで私は思いました。B君ってなんか哲学者だよなぁ。
まぁ、これだけなら別にいいですが、哲学って抽象的だと思います。 つまり、抽象度と主語の大きさには一定の相関があるのではないでしょうか。
ということで見ていきます。
例
(あくまで私がノリで考えたものです)
「私は生海苔を食べられる」 → 「日本人は生の海の幸を食べられる」 → 「人間の胃は環境に適応していっている」
抽象的になったがで言われるとなったと思います。 なんか哲学的というより学術的な気がしますが、 まあ確か古代ギリシャだかだと哲学で科学と同じ意味を表していた気がするので大丈夫でしょう。
まとめ
抽象的な話をしたいと思ったら主語を大きくしてみてください。 あと日常会話で常に抽象のはしごの上に行かないでください。 B君は大体降りてきてくれるので大丈夫ですが。
